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横浜地方裁判所 昭和58年(わ)282号 判決 1984年6月14日

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人藤原弘司及び同山田保雄に支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、アメリカ合衆国人で肩書住居地に居住し外国人登録法に基づき外国人登録原票に登録を受けている者であるが、昭和五七年九月九日神奈川県大和市下鶴間所在の大和市役所において、居住地を所轄する大和市長に対し、登録原票の記載が事実に合つているかどうかの確認申請をするに際し、登録原票及び登録証明書に指紋の押なつを拒否してこれをしなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して昭和五七年法律第七五号(外国人登録法の一部を改正する法律)附則七項により同法による改正前の外国人登録法一八条一項八号、一四条一項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用のうち証人藤原弘司及び同山田保雄に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

第一  弁護人の主張の要旨

弁護人は、本件は外国人登録法(昭和五七年法律第七五号外国人登録法の一部を改正する法律による改正前の外国人登録法をいう。以下単に「外国人登録法」という場合は右改正前の同法をいう。)一八条一項八号、一四条一項違反を内容とするものであるところ、右条項は、わが国に在留する外国人の登録制度に関し、その新規登録あるいは三年ごとに行われる登録原票の記載が事実に合つているかどうかの確認申請等の場合に、右申請をする外国人に登録原票、登録証明書等に指紋押なつを義務づけ、その違反に対して刑罰を科しているが、右の規定は

(一)  わが国の国籍を有する者に対し右と同様の法律上の制度はなく、外国人に対してのみこれを適用するものであり、外国人登録制度に関しても、登録者の同一人性の確認は写真による照合等の方法で充分その目的を達することができるのに、日本国民と外国人とを何らの合理的理由がなく不当に差別するものであつて、法の下の平等を定める憲法一四条一項及び内外人平等処遇を求める市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号、以下単に「国際人権規約B規約」という。)二条一項、二六条の規定に違反し無効である

(二)  個人は自己に関する情報を自ら管理し、みだりにこれを侵されないいわゆるプライバシーの権利を有し、右の権利はわが国においても憲法一三条によつて保障されていると解されるが、指紋は同一人性確認の方法として最も信頼性が高く、かつ、個人にとつて自ら管理すべき最も重要な情報の一つであり、個人の意思に反して指紋をとられない自由は右憲法一三条によつて保障される権利に含まれると解すべきであるから、右憲法一三条に違反し無効である。

(三)  指紋による個人識別法は、そもそも犯罪捜査の手段として研究開発され発展してきたもので、世界各国において、犯罪容疑者から指紋を採取し、これを犯罪人の確定や前科前歴の発見等に利用することが一般的に行われるなど指紋と犯罪捜査とは密接な関係があることが広く認識されており、特に指紋の単純押なつではなく回転押なつを求められると犯罪人のように扱われたと強い不快感や屈辱感を持つもので、結果として外国人を屈辱的にあたかも犯罪老のように扱うものであつて、国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」にあたり、同条約の右規定に違反し、無効である

と解すべきであるから、被告人は無罪であると主張する。

第二  外国人登録法の指紋押なつ制度について

外国人登録法に関する法令の規定によれば、わが国に在留する外国人は、入国時又は出生時等から一定期間内に同法上の外国人登録申請義務があり(法三条)、また登録証明書の切替交付にあたり三年ごとに登録原票の記載が事実に合つているかどうかの確認申請義務があり(法一一条。以下単に「登録事項の確認申請」という。)、右各申請に際し、一年以上わが国に在留する一四歳以上の外国人は、登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつしなければならない義務があり(法一四条)、右指紋押なつは、市町村の事務所に備えつける用具を用い、原則として左手示指の第一関節を含む指頭掌側面で、指頭を回転しながら押さなければならないことになつており(外国人登録法の指紋に関する政令二条、四条)、右の指紋押なつをしない場合には、一年以下の懲役若しくは禁錮又は三万円以下の罰金に処せられることになつている(法一八条一項)(なお、昭和五七年法律第七五号外国人登録法の一部を改正する法律により、右押なつ義務者の年令が一四歳から一六歳に、登録事項の確認申請の期間が三年から五年に、罰金の額が三万円以下から二〇万円以下にそれぞれ改められた。)。

法務省入国管理局長作成の「外国人登録法上の指紋押なつ制度について」と題する書面及び国会の各委員会議事録(写)によれば、外国人登録法の前身である外国人登録令は指紋押なつ制度を採用していなかつたが、当時、虚無人登録、二重登録等の不正登録や写真のはり替えによる不正使用等が多発し、また、氏名・生年月日等身分事項に関する訂正が続出するなどして、登録証明書の切替えの都度、登録人口が減少する等の事態があつたため、右不正登録や不正使用を防止する目的で、昭和二七年外国人登録法の制定にあたり、指紋押なつ制度が導入され、昭和三〇年四月から実施されたが、右実施後は、不正登録や不正使用等は従前に比べその件数が減少した事実が認められ、また、運用面において、右外国人登録法に基づく登録事項や押なつ指紋は、同法の行政目的に利用し、犯罪捜査には原則として利用しない取扱いがなされている事実が認められる。

第三  被告人の身分関係等及び本件指紋押なつ拒否に至る経過等

前掲各証拠によれば、被告人は、アメリカ合衆国の国籍を有する者であるが、昭和四八年九月九日わが国に入国し、その後東京都内の私立大学大学院修士課程を終了し、その間昭和五二年一月一四日日本国籍を有するAと婚姻し、現在私立大学の講師として勤務しているが、外国人登録に関しては、昭和四八年一〇月一五日新規登録をして、その後、昭和五一年一〇月七日及び昭和五四年九月一〇日にそれぞれ登録事項の確認申請をし、右各申請の際には、いずれも指紋の押なつを含む所定の手続をしたが、右昭和五四年の手続の際、被告人の指紋の押なつ方法が適切でないとして係官から回転指紋の方法による押なつのやり直しを求められたことがあつたことから、犯罪人のような扱いを受けたと不快感を抱き、右指紋押なつ制度に疑問を持つようになつたが、その後新聞報道等により右指紋押なつを拒否している人があることを知り、昭和五七年九月九日の本件登録事項の確認申請の際には、右指紋押なつ制度が国際人権規約B規約に違反し、かつ、日本国民と外国人とを不当に差別するものであること、昭和五四年の手続の際に回転指紋の押なつのやり直しを求められたことが犯罪人のように扱われたようで不快であつたこと、新聞報道で知つた指紋押なつを拒否している他の外国人の行動を支援する意思表示として自からも同一の行動をとるものであること等を理由にして指紋押なつを拒否するに至つた事実が認められる。

第四  当裁判所の判断

一  法の下の平等違反の主張について

わが国の法令を概観するに、わが国民の身分関係を公証する戸籍制度を定めた戸籍法や居住関係を明らかにする住民登録制度を定めた住民基本台帳法等においては、弁護人の主張するとおり、わが国民に対し、外国人登録法と同内容の、申請手続に関しその義務違反に刑罰を科して指紋押なつを求める制度は見当らない。

ところで、国際法上、外国人は他の国に入国すると同時にその国の領土主権に服し、在留国の法令の適用を受けることになるが、今日、各国とも在留外国人の処遇に関しては、基本的人権尊重主義及び国際協調主義の理念から、外国人の生命・身体及び財産を保護し、その他外国人が法律上享有しうる基本的な諸権利に関し司法的救済を与えることを保障するなど自国民と外国人とをできるだけ平等に取り扱うことを原則としている(内外人平等の原則)。しかし、現在の国際社会において、国家がなお国際法主体として基本的な地位を占めており、その国の国民が国家の構成員として国家に対して身分上の恒久的結合関係を有するのに対し、外国人はその在留国の構成員ではなく、在留国に対する関係は場所的な居住関係を根拠とするものであるから、右その国の国民と外国人との基本的な地位の相違に基づき、合理的な理由があり、かつ、合理的必要な程度で、内外人の取扱いに法律上の差異を設け、外国人に対し、その国の国民と異なる処遇をし、あるいは権利の一部を特別に制限することがあるのはやむを得ないこととして一般に認められているところである。

在留外国人の権利に関し日本国憲法との関係を検討するに、第三章の諸規定による基本的人権の保障が在留外国人にも及ぶか否かに関しては、右権利の性質上日本国民のみを対象とし外国人の地位に鑑みこれを認めることが相当でないと解されるものを除き、外国人に対しても等しく及ぶものと解するのが最高裁判所の判例(最高裁大法廷昭和五三年一〇月四日判決。民集三二巻七号一二二三頁参照)であり、憲法一四条一項は「すべて国民は法の下に平等であつて、……」と法の下の平等の原則を規定し、同規定は直接には日本国民を対象とするものではあるが、法の下の平等の原則は近代民主主義諸国の憲法における基本原理の一つとしてひろく承認されており、また、わが国が批准した国際人権規約B規約二六条及び世界人権宣言七条にも同趣旨の規定があることに鑑みると、憲法一四条の規定の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものと解するのが相当であるが、他面、法規の制定またはその適用の面における各人に対する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異から生ずる不均等が一般社会観念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合には、右特段の事情が存することになり、これをもつて憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものといえないと解するのが相当である(最高裁大法廷昭和三九年一一月一八日判決。刑集一八巻九号五七九頁参照)。

そこで、右外国人登録法の指紋押なつ制度につき、右特段の事情があるか否かについて検討する。

近時、交通機関の飛躍的発達等に伴い、外国との政治、経済、社会、文化の交流はきわめて活発、かつ、緊密になり、いわゆる国際化時代をむかえ、これに伴い人的交流も隆盛をきわめ、各国とも多数の外国人が在留するようになり、これらの外国人に対する処遇問題は国の重要な基本的施策にもなつてきたが、在留外国人に関する権利関係を明確にし、かつ、その教育、租税、労働、医療、福祉、出入管理等各種の立法及び行政上の施策を適正、かつ、有効に遂行するためには、在留外国人の居住関係及び身分関係を明確にし、その実態を正確に把握する必要があり、そのため各国ともその国情に応じ、名称や制度の内容に差異があるとはいえ、外国人登録制度あるいはこれと類似する制度を設けており、これらの制度の必要性については異論をみないところである。

わが国の外国人登録法も、右同様の必要性に基づき、本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の公正な管理に資することを目的に制定されたものである。従つて、同法の右目的を達するには、当然登録内容の正確性や信頼性が要求される。しかし、外国人の場合、日本人とではその身分関係の法制を異にするなどの事情により、その身分事項等に関して明確でない場合もしばしばあり、右居住関係及び身分関係を明確にするためには、まずその前提として、当該登録人の同一人性の確認が何よりも必要とされる。右のような見地から、個人の同一人性を科学的に担保するとともに、不正登録や他人の登録証明書の不正使用等を防止する目的で外国人登録申請手続に指紋押なつ制度が導入された経過が認められ、右制度の導入が登録事項の正確性や信頼性の向上に寄与した事実は前記認定のとおりである。

ところで、指紋は、万人不同、終生不変という特質を有するため個人の同一人性を識別するのには最も秀れた科学的手段であるといわれる。従つて、右有効性のみに着目すると右識別手段としての利点は明らかである。しかし、指紋は右特性のゆえに、また各国で犯人の割り出し等犯罪捜査の手段にも利用されてきたという側面も合わせ持つ。そのことから右指紋と犯罪捜査との関連を重視する人にとつては、たとえ行政目的であつても、指紋押なつは犯罪捜査を連想させるとして心理的抵抗を感じて不快感を抱くことがあり、これが識別手段としての欠点といえる。従つて、これに替わる他の有効適切な方法があれば、前記内外人を立法その他の国政の上でできるだけ差別せずに取り扱うという法の下の平等の原則の保障に鑑み、外国人のみに対して右の指紋押なつ制度を採用する合理的理由はないことになる。しかし、弁護人の主張する写真による同一人性の確認も、特別の技術や器具を要しないで一見して個人を識別することができるという利点があり、近時の写真技術等の進歩により、従前に比べ、その精度が高まり、ビニールコーティング等の方法による偽造、変造に関する対応策も開発されてきたとはいえ、なお、近親者間の、あるいは他人のそら似といわれる他人間でもある容貌の相似性、撮影条件や撮影技術によるいわゆる写真うつり、同一人であつても期間の経過による成長や老化、調髪様式、受傷等による容貌の変化、写真のはり替えや修正等による偽造、変造の防止策もいまだ完全とはいえないこと等の問題があることから、これのみをもつてはきわめて困難ないし不可能な場合があつて、万全とはいえず、他の方法を不要とするほど有効適切な方法であるともいい難いものがある。写真による確認方法のほかに適切な代替手段も見当らない。結局、右指紋押なつ制度は、右法律の行政目的を達するためのものであつて、犯罪捜査に利用することを目的とするものではないこと、その運用面においても前記のとおり右趣旨の取扱いがなされていること、同一人性の識別につき現時点では他に有効適切な代替手段も見当らないことなどから、その必要性については合理的な理由があるものと認められる。更に、指紋の押なつ方法についても、前記のとおり、個人の同一人性の識別に必要な最少限度の左手示指の指紋のみを押なつするのが原則であり、回転指紋の方法も、同一人性確認に必要な指紋判定のためのやむを得ないものであるから、合理的必要な程度にとどまるものと認められる。

右の事実に加え、法務省入国管理局登録課長作成の「諸外国の指紋押なつ制度に関する資料について」及び「米国の指紋押なつ制度について」と題する各書面並びに法務省入国管理局長作成の「外国人登録法上の指紋押なつ制度について」と題する書面によると、右のような指紋押なつ制度は、決してわが国独自の制度ではなく、アメリカ合衆国をはじめ他の三〇数か国にも同様あるいは類似の立法例があることが認められる。

最高裁第二小法廷(昭和四五年六月五日判決。裁判集((刑事))一七六号四九九頁。)も、外国人登録法一八条一項一号に関し、「外国人登録法は、本邦に在留する外国人の居住関係および身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とする法律であつて、人種のいかんを問わず、わが国に在留する外国人のすべてに対し、管理上必要な手続を定めたものであり、そしてこのような規制は、諸外国においても行われていることであつて、なんら人種的に差別待遇をする趣旨に出たものではなく、同法一八条一項一号が憲法一四条に違反しないことは、当裁判所大法廷の判例の趣旨に徴して明らかである」旨判示しており、右判示の趣旨は、本件の同法一八条一項八号、一四条の解釈にあたつても参考になると思われる(なお、名古屋高裁昭和三七年八月二日判決。判例時報三一九号五一頁。大阪高裁昭和四三年三月一三日判決。判例タイムズ二二一号二二四頁参照)。

以上検討したところによれば、本件指紋押なつ制度については、外国人のみに適用される法制であるが、わが国民と外国人との間の基本的な地位の相違に基づき、合理的な理由による合理的必要な程度で内外人の取扱いに差異を設けたものと解することができるので、前記特段の事情がある場合にあたり、右憲法一四条の規定の趣旨の保障が及ばないと解するのが相当である。

国際人権規約B規約二六条、二条一項の法の下の平等の原則も、ほぼ右憲法一四条と同旨のことを規定したものと解され、右憲法に関して説示した判断が妥当するものと解される。

従つて、本件指紋押なつに関する規定が、憲法一四条の規定に違反し、あるいは右規定の趣旨の類推、国際人権規約B規約二六条、二条一項によつて認められる法の下の平等の原則の保障に違反し、無効であるとは解されない。

二  憲法一三条違反の主張について

憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しており、国民の私生活上の自由が立法の上でも尊重されるべきことを規定しているものと解される。しかも、前記のとおり、基本的人権の保障は、前記特段の事情がある場合を除き、在留外国人にも及ぶものと解されるから、日本国民に対しては直接右憲法一三条の規定により、外国人に対しては右規定の趣旨の類推により、いずれも個人の私生活上の自由は保障されているものと解するのが相当であり、何人も何らの合理的理由や正当な理由がないのにその承諾なしにみだりにその指紋をとられない自由は、右個人の私生活上の自由の一つとして保障されていると考えるべきであろう(刑事訴訟法二一八条二項。最高裁大法廷昭和四四年一二月二四日判決。刑集二三巻一二号一六二五頁参照)。しかしながら、個人の有する右自由も、立法その他において無制限に保護されるわけではなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。前記合理的必要性に基づき、立法その他において内外人の取扱いに差異を設け、外国人の権利の一部を制限することは、右公共の福祉による制約と考えることができるので、決して右憲法の規定あるいはその規定の趣旨に違反するものではないと解される。本件指紋押なつ制度については、前記詳細に説示したとおり、右特段の事情が認められる場合であつて、憲法の右規定の趣旨の保障が及ばないと解され、また、このような相当の理由があつて設けられた刑罰法令に刑を定めるにあたり、その罪の種類、態様、程度に従つていかなる種類、範囲の刑を科すべきものとするかも、外国人に対する合理性を欠いた不当な差別でない限り、立法機関に委ねられた立法政策の問題であつて、憲法適否の問題ではなく、外国人登録法に定められた刑罰が、わが国民の身分関係を公証する戸籍制度を定めた戸籍法や居住関係を明らかにする住民登録制度を定めた住民基本台帳法違反等の制裁に比し重いとしても、これをもつて直ちに右罰則が憲法三一条に違反するものでもないと解される(前記最高裁第二小法廷昭和四五年六月五日判決参照。)

従つて、本件指紋押なつに関する規定が、憲法一三条の規定に違反し、あるいは右規定の趣旨の類推によつて認められる私生活上の自由の保障に違反し、無効であるとは解されない。

三  国際人権規約B規約七条違反の主張について

わが国が批准した国際人権規約B規約七条前段は、「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」と規定して、「品位を傷つける取扱い」(degrading treatment)を禁止している。右「品位を傷つける取扱い」がいかなる行為を意味するかについては、同規約の制定過程における討議をみてもつまびらかでなく、また同規約の批准関係国やわが国における裁判所の判例等も見当らないことから、必ずしも明らかとはいい難いが、右規約七条が世界人権宣言五条に対応するものとして規定された沿革や、右七条の規定方法自体に照らし、「拷問又は残虐な、非人道的な取扱い」に準ずる、人間としての尊厳を著しくそこなうような屈辱的な取扱いをいうものと解される。

指紋による個人識別法が犯罪捜査に利用されることがあることから、人によつては、指紋押なつは犯罪捜査を連想させるとして右両者を結びつけ、指紋押なつを求められることに心理的抵抗を感じ不快感を示すことがある事実は否定し難いところであろう。一指指紋とはいいながら回転指紋を要求されることがなおその感を深くするものと思われる。しかしながら、右外国人登録法の指紋押なつ制度は、前記詳細に説示したとおり、公益目的を達する合理的必要性に基づき、外国人に指紋押なつ義務を課し、その義務違反に刑罰を科しているもので、右回転指紋の方法も、指紋押なつが指紋判定による個人識別を目的とするための必要最少限のまことにやむを得ないものであると認められる。そうすると、外国人に指紋押なつ義務を課すことが、被押なつ者の人間としての尊厳を著しくそこなう、品位を毀損し、あるいは屈辱的に犯罪者のように取扱うことになるとは認め難い。

従つて、本件指紋押なつに関する規定が、国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」にあたり、同規約の同条項に違反し無効であるとは解されない。

四  結論

以上検討したところによれば、本件指紋押なつに関する外国人登録法の右規定は、弁護人の主張する憲法の各条項やその規定の趣旨、あるいは国際人権規約B規約の各条項に違反する無効のものとは解されず、結局、立法機関において、制定する法律の目的・右目的実現のための同一人性確認の必要性の程度、同一人性確認の代替手段の有無、わが国に在留する外国人の権利関係、外国人に関する関連諸法規との関係、在留外国人の動態、在留の基礎となつた理由、経過や期間、権利規制に関する外国人の感情、憲法及び国際条約の理念とする基本的人権尊重主義や国際協調主義との関係、同種の法律に関する諸外国の立法例の趨勢はもちろん、ひいてはわが国の政治、経済、社会、外交、外国人政策の沿革、いわゆる国際化時代への対応、国民感情その他の諸事情や、わが国をとりまく国際情勢の推移等の諸般の事情を総合して、決定すべき外国人に関する法制の一環として位置づけられるべき立法政策の問題であると解するのが相当である。

従つて、弁護人の右各主張は、いずれも理由がないから採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(上原吉勝)

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